イベント

昨日は友人の結婚式だった。会場へ向かう電車はほどよい込みよう。2人がけ座席の窓側に座ったおばちゃんが、通路側に座った私の頭越しに、自分の知り合いを見つけて声をかけた。元ご近所さん同士なのか、あるいはサークルか何かのご友人なのか、互いの家族や姪甥の近況を伝えあい始める。「お宅の妹さんの旦那さん、お元気? 何だか具合がよくないって聞いたけど」「うんうん、胃のほうにガンが見つかってね、先月手術したのよ」「あらそうなのぉ、うちのおじいちゃんもこないだガンで亡くなってね」「あら、おじいちゃんって、荒生田の?」「いえいえ、三郎丸の」

2×2の向かい合わせのシート。私の斜め前の学生服の男の子は、頬杖をついて目を閉じた。向かいのミニスカートの女の子は、携帯をずっといじっている。最初は席を立とうかとも思ったが、何だかおばちゃん二人と私のバランスが奇妙で面白かったので、そのままおとなしく聞くことにした。
聞く事にはしてみたものの、せっかく私が今から祝いの式に出席しようというのに、人死にの話ばかり出してくる二人なので、気分がよくない。気分がよくないので、その心と行動をコントロールしてみようと、紙袋から少し覗いていたフクサを、二人の視界に入る位置までずずずと動かしてみた。あざといかなとは思いつつ、一応正装で華やか目のネックレスなんぞをしてる私がフクサを持っていれば、今日結婚式に出席する人だとどっちかひとりは気付くんではないか。

一瞬の間があり。フクサを見たのか見なかったのか、私の隣席のおばちゃんがまた話をつづけ始めた。「そういえば、タカシくんは就職きまったの?」「ええ、お父さんの現場で仕事させてるみたい」「まぁとりあえず、良かったじゃない」「フリーターじゃやっぱりこの先大変だからねぇ」「ひとまず、職にさえつければねぇ」「ユキさんところのヒトシくんは、ぜんぜんやる気がないらしくてねぇ」「今年卒業?」「去年よ、それで彼女つれてきたりするんだって」「結婚はせんの?」「それは分からんけど」「サユリちゃんとこは今月赤ちゃんが出来たんよ」「あらあら、おめでたい!女の子?」「女の子」「おじいちゃんが生きてたら喜んだろうにねぇ」「上の子は幼稚園に上がったっていうしね」
死の影は薄れたけど、禍福あざなえるって感じで、次々に目出たい話と縁起よくない話が数珠つなぎに表れる。私のきっかけはあんまり意味なかったか。しばらくの間そうやって、身近な人間の生き死にや人生のイベント話をとぎれる事なく続けていた二人だが、片方が先に降りる駅に着いたらしく、話をぶったぎるようにしてバタバタと出ていった。もう片方も次の駅で下車。

二人のおばちゃんが電車を降りた後、「人生って(出産)(葬式)(進学)(結婚)(就職)(病気)をおさえておけば、大体概略できあがるものだなぁ、その他の恋愛や、友人関係の悩み喜びや、金銭の微妙な思い煩いなんかは、子孫繁栄の見地からしてみると、割と些細なことだよなぁ」なんて事をぼんやり考えていた。「ということは、子孫繁栄の見地からしてみても、今日の友人の結婚は、とても目出たいことなんだなぁ。(そりゃそうだ)」

一駅すぎたくらいで、ふいに斜め向かいに座っていた少年が私越しに誰かを見つけて立ち上がった。私服の少年が右手を軽くあげながら近付いてきて、二人で私の座っている席の通路向かいのシートに座る。久しぶりだなんだと喋りはじめたのを、またもや聞くともなく聞いてしまう。制服姿の少年は私の高校の後輩のよう。進路を聞かれて、大学進学の話をしている。私服の男の子は高校を中退したらしく、通信制の学校で勉強しているようだ。高卒資格を取得したら、自衛隊の試験を受けると話している。海猿の話をして、海猿自衛隊じゃないとカラカラカラカラ笑いあう。しばらくは訓練の辛さについて語り合っていたが、徐々に電車が加速してきて、ふたりの話は轟音で聞き取り辛くなってきた。しまいにはとうとう、機械のうなりにかき消され、蒸発したように何にも聞こえなくなってしまった。車窓の緑がきれいで、私の注意は二人から逸れ、その後、彼らがどこで降りたかもおぼえていない。