身体とわたし

「足を怪我した」とは言っても「足が怪我した」とは言わない。「腹を壊した」とは言っても「腹が壊れた」とは言わない。(…と、思うけど、検索にはチラホラひっかかるな)足も腹も手も肩も腰も、身体というものは大概“わたし”の管理下にある。なので、彼ら自身が勝手にこけてヒザを擦りむかせたり、かんしゃく起こして下痢を発生させたりはできない。そういった「支配権は基本的に大家が持っている」という通念を、これらの表現は暗に示しているようだ。でも、まったく身に覚えのない腹痛なら「腹が壊れた」でもいい気がするよな。臓器だと、まるまる自分の意のまま、というわけにはいかないせいもあるし。(麻痺や故障がない)手足なら、支配権は“わたし”にあると、割とはっきり感じられる。(腹よりはね)


人間と共生している生命体といわれるとミトコンドリアがすぐに思い浮かぶけど、彼らにしてみたら、宿主である人間が自分で自分を傷つけるのって、とっても迷惑な行為だろうなと思う。たとえば、喫煙、暴飲暴食、薬物中毒、自殺行為。ミトコンドリアじゃなくても、私たちの体内で生きるために活動している臓器・器官にとってみりゃ、不眠不休でオーバーワークな宿主や、よかれと思って不要なサプリメントを大量摂取するような宿主や、無理なダイエットに励んでろくなモン喰わないような宿主こそが、もっとも憎き相手なんではなかろーか。一心に戦ってる彼ら(臓器器官くんたち)の苦労を無心に無にする、残酷な支配者。とすると、私の肉体の一番の敵は、私自身なのだなぁ。他の生命体は、こんなに積極的に、私の身体を壊しにかからない。結婚したり子供が出来たりすると「もう、一人の身体じゃないんだから…」というセリフがよく周囲から出てくるけど、極端にいえば、私の身体は、未婚の今であっても、私だけの身体ではないのだぁ。自分と、自分の身体の関係性というものは、やっぱりなんだか不思議だな。


ところで只今ホントに腹が下痢痛い。まぎれもなく自分の腹を、この瞬間この場所に感じている。うう、愛しき私の消化器官。誰が壊したんだよこのやろー。